2009.06.13 Saturday
愛という言葉を使わずに愛を語る
半年も放置してたのか。。。
見ている人いるんだろうか。な、流星です。 相変わらずどっぷりと、オンラインゲーム「マビノギ」にはまっております。 一日の初めに「今日はコレとこれとこれをやりたいなぁ」と思っていても、その予定が全てこなせたためしがない。 流星の段取りが悪いのか、詰め込みすぎなのか(それはないと思うのだが)。 お陰で、フツーの、PS2やDSの、やっていないゲームが溜まりまくってます。 「余命一ヶ月の花嫁」が映画化された件。 ドキュメントのほうを見て、2時間ほど涙と鼻水をだだ流ししていた流星だが、実は映画化にはあまり肯定的ではないのですよ。ドキュメントを流し続けたほうが、余程、良いのではないかと。 映画化の話を聞いてから、一番、流星が心配したのが、「俳優・女優を泣かせすぎないか」というところ。流星はドキュメントで、歯を食いしばって涙を堪える父親の背中や、彼女の横でずっと微笑み続ける恋人の姿に、「漢」を見た思いがした。物語として、映画として構成したときに、果たしてその姿は、どこまで残るのだろうか、と。 先日、とあるところで宣伝映像見て、恋人役の俳優が彼女の前で涙を流していて、ああやっぱりなぁと、ちと残念に思った。 涙を流すこと、流させることは、簡単だ。 でも、涙を流さずに、流させずに、「心の涙」とでも言うべきものを表現するのは、難しいのではないかと思う。 ドキュメントを見て流星が流した涙は、「彼女の喪失の悲しみ」だけではなく、病床で笑顔を見せる彼女の強さ、父親や恋人の強さと弱さ、そんなものに対する涙も含まれていたと思う。そういう部分があったからこそ、このドキュメントが大反響を呼んだのだと、思っている。 表題。 実は一時期の(そして、今も?)流星の文章書きの、命題だったりする。 愛という言葉を使わずにいかに、愛を表現するか。 涙を流させずにいかに、悲しみを、やるせなさを表現するか。 男は泣いちゃいかんのですよ。 そんな台詞を、記憶がないぐらい小さな頃から、流星は他人にのたまっていたそうで。 未だに、流星の男性観のひとつになっている気がしなくもない。 だからって泣いてないわけじゃない、泣けないんだろう、そんな事を上手く表現できるようになれば、いいなぁと思う。 俳優よりも、本物の恋人のほうが、格好良かったですよ。 女優よりも、本物の彼女のほうが、美しかったですよ。 と、ぼそっと呟いてみる。 件の「ドキュメント」は未だに録画して取ってあるのだが。 「映画」を、見ようかどうしようか、流星はいまだに悩んでいる。 |